私の年間ベストアルバム 1980年 Argybargy ワーキングクラスヒーローへの憧れ

1980年、JKの私の妄想は新たな方向に向かっていた。 ファンタジーの世界を離れ、リアルなイギリス人に憧れ始めた。 私の妄想するリアルなイギリス人とは、ロンドンの長屋とかに住んでいて、工場とかに働いていて、週末はパブでビールを飲んで中産階級を皮肉っているような感じの人たち。 

そのころ読み漁っていたアラン・シリトーの小説の影響も大きかったと思う。 シリトーの小説「土曜の夜と日曜の朝」や「長距離ランナーの孤独」の主人公が、めちゃくちゃカッコいいと思った。 「土曜の夜...」は自転車工場に働く青年の話で、主人公のアーサーは土曜日に給料をもらうとパブに行って記憶が消えるまで飲み、喧嘩したり、人妻に手を出したり、クズなんだけれど、絶対権力には屈せず、したたかに生き延びていく。 「長距離ランナー...」は少年院の陸上チームで走らされる男の子の話で、かれもまた反抗的でしたたか者だ。 

そういった労働者階級の人たちのことをメロディアスに歌っているのが、スクイーズだったのよ。 

 

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初めて聞いたスクイーズはこのアルバムの「恋の傷跡」と「プリングマッスルズ」の2曲。 まるでビートルズを初めて聞いた時のように、こんなにいい曲他に無いわ~って感動したけど、でもアルバムを購入してから、「セパレートベッズ」や「ヴィッキー・ヴァーキー」のような、あまり頭の良くない10代の恋愛をうたう歌詞にもっとキュ~ンとしてしまったの。

 

「ヴィッキー・ヴァーキー」

その子の髪をかきなでると
フィッシュアンドチップスの匂いがする
琥珀色の街灯の下
彼女が自分のルールで行動する
薄暗い夜の湿った空気が
街の灯りの中に静かに下りてくる
少女はたったの14歳だけど
デートの相手を心から知っている


線路の脇まで上がって
ふたりは
横になって
手を取りあい囁きあう
君は僕のもの、僕は君のもの
月は白く汚れが無く
そして少女は変わりかけていた
始めての味をおぼえてるかい
まだ友達はみんな子供だった頃の

ふたりで歩いていると
面白がってみんなが集まった
少女が大人みたいに腰を振って歩くと
クラスのみんなはクスクス笑った
繁華街を歩きながら、
ふたりはアイスを買っての無駄使い
彼は時には本当に優しかったけど
それは彼の母の真似をしてるだけだった

そのうち彼は少年院に送られた
アパートからステレオを盗んだから
やらざるをえなかったと言う
なぜなら彼女はつわりが酷くてで
そしていつも泣いてて
毎朝つわりはひどくなり
彼女の母親は時々彼女をぶつ
もし母親が本当の事を知っていたら
もっと哀れに思ってくれただろうに

彼は手紙を受け取って承諾した
堕ろすしか方法が無いことを
宿舎でひとり寂しく座って
その手紙を凝視する
もしこれが真実なら
全然公平じゃない

夏が来たので二人は出かけだ
海岸に行ってテントを張った
彼女はキャンプの火で料理し
地元のりんご酒を飲んだ
リュックをかつぐ彼に告げた
もう一度チャンスが欲しいの
たぶん私は
あなたを一生愛する女になりたいと思うの

 

作家アラン・シリトーも、スクイーズのメンバーも労働者階級の出身だ。 なぜ、極東に住むJKがこんなにイギリスのワーキングクラスに憧れたかと言うと、おそらく、日本にはワーキングクラスが結束するという構造が無かったからだと思う。 日本一億総中流なんて言っていた時代だったのに、なぜかうちはお金がなかった。 父も母も一生懸命働いていたのに、うちはいつも貧乏だった。 

でも、俺たちが貧乏なのは、金持ちに搾取されているせいだ、貧乏人から税金取るな、暮らしを保証しろ、なんて叫ぶ奴は日本には居なかった。 そしてみんな中流のふりして、流行りのモノを買って、流行りのことをしていた。

そんな中で私は、反骨精神はあったけど、反抗的な奴=ヤンキーの時代だったので、それもまた自分のスタンスとは違うから、ほんとに、居場所がなかったな。 それで密かに、スクイーズとかジャムとかクラッシュとかバズコックスとか聞いて、イギリスを妄想してたんだ。 ワーキングクラスvsミドルクラスという構造がしっかりできていて、確固としたワーキングクラスの文化を持つイギリスが羨ましかったんだね。 

 

2年前にスクイーズのボーカルのグレン・ティルブルックが近くのライブハウスに来た時のことを以前のブログに書いてます。↓↓

songoftheday.blog123.fc2.com

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映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見て思ったこと

先週やっと見ることができたフレディー・マーキュリーの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」。 日本も封切りはアメリカとほぼ同時だったみたいね。 やっぱり日本におけるクイーンの人気ってすごいわ。

私も中学生の頃は姉の影響もあって、クイーンが大好きだった。 中一の時初めて買った洋楽のLPが「オペラ座の夜」だった。 手触りがソフトな紙の真っ白なジャケットで、汚さないようものすごく気を付けていた。

周りにクイーンファンの女子はいたけど、ロジャー・テイラーやブライアン・メイのファンで、フレディー大好き~💛っていう女子は見たことなかった。 私も初め耳から入ったので、フレディのルックスを見て、声とのギャップに唖然としたのを覚えている。ごめんよ、フレディ。

さて、クイーンファンだった私がこの映画をみると、どうしてもフレディ、ブライアン、ロジャー、ジョンの役者が似てるか似てないかに集中してしまう。 一番似ているのがブライアン・メイ、ロジャー役の子はかわいいんだけど、似てない。 話し声が全然違う。 ジョンは雰囲気や表情を似せようとしているのが鼻につく。 そしてフレディは違和感マックス。 キレイな俳優さんが出っ歯を入れて登場しました、って感じ。 しかし物語が進むにつれ、どんどんフレディになっていって、最後のライブエイドのコンサートのシーンは、本当にフレディのステージを観ている気がしたから不思議。 それは、やっぱり、ステージの動きやしぐさを寸分たがわず真似しているからだと思う。 演技力が半端じゃない!

娯楽映画としては十分楽しめた。 私が生涯聴いてきた「ウィー・ウィル・ロック・ユー」とか「地獄に道づれ」などの曲はこんなふうに作られてたのねってわかって面白い。 最後は一緒に歌っていたよ。 フィルムコンサートだね(👈わかる人は中年)。

けど、これはやっぱり、残ったメンバーの視点で作られた話だなって感じた。 死人に口なしで、フレディがちょっとかわいそう。 フレディが好き勝手なことをして、遅刻したり、バンドを出し抜いてソロ活動の契約をしたりしたのは、彼が独り身のゲイだから、ほかの三人のように妻子持ちじゃないから、責任感とか無かったから、ってふうに描かれているように感じたのは、私だけかしら。

フレディ自身が生きていて自伝を書いたとしたら、他の3人の方が、ライフスタイルの違う自分を見捨てたって言うと思うの。 

それにやっぱり最後に支えてくれたのは、ゲイ仲間じゃなくて、ノンケのバンド仲間と昔のガールフレンドだった、っていうのも、なんかなぁ~。 それが真実だったとしても、フレディのゲイの部分にもうちょっとリスペクトしてくれてもいいんじゃないか。

彼がゲイじゃ無かったら、「ボヘミアン・ラプソディー」や「愛にすべてを」のような名曲は絶対に生まれなかったんだし。 あの全身タイツの胸毛開きファッションでバレエダンサーのように踊るフレディがいなかったら、クイーンはただ楽器がうまいハードロックバンドで終わってたでしょ、と思いました。 

 

Q 役者さんとクイーンのメンバーをマッチできる?

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私の年間ベストアルバム 1979年 Lodger アンダーグラウンドへの旅立ち

1979年のベストアルバムを選ぶのに、私がその年にリアルタイムで購入した中から選ぶのと、後から買い揃えたものも含めて1979年にリリースされたアルバムの中から選ぶのとでは、違ってくる。 

者ならデビッド・ボウイーの「ロジャー」だし、後者ならザ・レインコーツのデビューアルバム「ザ・レインコーツ」だ。 このアルバムを購入したのは、ジャパンレコードから出たラフトレードのオムニバスレコード「クリアカット」を買ってレインコーツの存在を知った後だから、1981年頃だと思う。

でも、総合的に振り返るんじゃなくて、発売とほぼ同時に購入したアルバムの中でベストを選びたいのでやっぱり1979年は「ロジャー」だ。

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当時必ず聞いていたNHKのラジオ番組、渋谷陽一のサウンドストリートでこのアルバムが紹介されたのがきっかけだったと思う。 これはイーノと共作の3枚目にあたり、そんなに一般受けする作りじゃなかったし、実質的にも他のアルバムに比べそれほどヒットもしなかったんだけど、 これは私が初めて聴いたデビッド・ボウイーで、イーノのメロディとボウイーの歌声が私の心をガッツリと掴んだ。 

時代によってスタイルが変わるボウイーだけど、 「ロジャー」はポスト・パンク的なアルバムだったと思う。 このタイミングでボウイーに出会えてよかった。 だってここから私はだって、家族が聴いていたクイーンとかビートルズとか王道を行くロックから、パンク、ニューウェイブ、スカ・レゲエ、ポストパンクと、どんどん軌道を外していくのです…。

針を落とすと聞こえてくる曲は「素晴らしき航海」。 ボウイーの成熟した声がゆったり流れてくる。 この曲を聴くと、元気が出てくる。 素晴らしい航海という邦題がついているけれど、歌詞は全然航海とは関係ない。 むしろ、海を渡って侵略を続ける国々を皮肉ってつけたタイトルだと思う。 失われそうな良心をどうにか保って生きていこうよ、って歌だ。

 

「素晴らしい航海」

この素晴らしいとされる航海は
この素晴らしいとされる航海は
衰退すべきだというのに
まだ続けているという事実において
考える

プライドも大事だが
命も同様に大切であるということを
忘れないでほしい

我々は誰かのうつ病とともに生きることを学んでいくが
私は誰かのうつ病とともには生きたくない
しかしどうにか生きている
近代社会といっても
誰もが完ぺきなわけじゃない
世界は流動している
だからといって
むやみやたらにミサイルをとばしていいわけじゃないし
父親のいないクズ人間とも言われたくもない
それは忘れ去られることはない
そうなれば我々は二度と
他人に優しい言葉かけはしなくなるから、そうだろう?

そして、犯罪がはびこるこの世界では
間違った言葉に耳を傾けてさせられる
忠実なのも大切だが
命も同様に大切なことを忘れないでほしい

我々は誰かのうつ病とともに生きることを学んでいくが
私は誰かのうつ病とともには生きたくない
しかしどうにか生きている
でもどんな突発的変動も書き留めておかなければ
民族が一掃されていることも書き留めておかなければ
まだ私はまだ学んでいる途中だが、書き留めておかなければ
そうすれば、忘れられることはない
なぜなら我々は二度と、優しい言葉をかけはしなくなるから、そうだろう?

<Syco訳>

 このアルバムは「レピテション」以外は全部シングルカットされてもいいような、良い曲ばかり。 「レピテション「」(同じことの繰り返し)はタイトル通り、故意に平坦にしたから、つまらなくて当たり前。

ラップっぽいのから、アジアンぽいのから、アフリカの原住民ぽいのまで、アルバム一枚で世界一周する感じ。 旅への賛歌「ムーブ・オン」という曲も入っている。 すべてを投げ出して旅に出たい気持ち、あの頃よりも今のほうが、よ~くわかる。

「ムーブ・オン」

時々
移動せねばという感情に駆られる
それでスーツケースを詰めて
旅に出る
旅に出る

そう、列車に乗るかもしれないし
夜明けとともに船出するかもしれない
彼女もつれていこうか
旅に出るときは
旅に出るときは

どこかで誰かが呼んでいる
困難に陥ったとき
僕はただの旅人となる
ただの思い込みかもしれないけど
世界のどこかは、僕の瞳の色より青い空が
広がっているような気がするんだ

純粋でワイルドな海が
広がっているような気がするんだ


アフリカの眠る部族
ロシアの騎馬民
古都京都の畳の上で
幾夜か過ごしたり

キプロスは僕の島
せっぱ詰まると
どこかそんなところにいる君を
見つけたいと願うんだ
どこかで誰かが呼んでいる
困難に陥ったとき
影のように感じ
木の葉のように流れ
盲人のように躓いて
君を忘れない

 <Syco訳>

このビデオがめっちゃいいので、貼っておく。 Move On!!

www.youtube.com

 

1979年にボウイーを知って、それから、遡ってデビューアルバムまで揃えて、高校時代はボウイーを聴きまくっていた。 一番好きなボウイーのアルバムは「ハンキー・ドリー」。 商業的に成功した「レッツダンス」からは余り聴かなくなった。 私にとってのボウイーは世界を広げてくれたアイドルだった。 アンディ・ウォーホールとかリンゼイ・ケンプなどのアートの世界、バイセクシュアルとかヘロインとかの危ない闇の世界、そんな世界を妄想しながら、田舎の高校生の私は一生懸命バイトして、レコードを買い集めてたんだよな。 

私の年間ベストアルバム 1978年 the Kick Inside 思春期の妄想

今の世代はアルバムなんて買わないらしいですね。 好きなシングルのみダウンロードする、もしくはストリーミングで聴いているだけ。 いけませんね~、

とは言え、最近の私も似たようなもの。 一年に2,3枚しかCDを買っていない。 それほど欲しいCDが無いのと、モノが増えるのがイヤなのが主な理由。 それにiPodにすでに大好きな曲が5000曲ほど入っていてるし、それをシャッフルして聴いてれば満足で、たとえ世界に新しい曲が生産されなくなってしまったとしても、これで十分一生楽しめると思う。

 しかし、お小遣いをはたいて、2500円のレコードアルバムを買ってきて、家で針を落とす瞬間は素晴らしかった。  アルバム一枚を何度も何度も繰り返し聞いていたあの時代を思い出しながら、年ごとの私のベストアルバムを綴っていこうと思う。 

 

リアルタイムで洋楽のアルバムを買い始めた1978年から始めます!

1978年のベストは迷うことなくケイト・ブッシュのデビューアルバム「キック・インサイド」。

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レコード針を落とすと聴こえてくるクジラの鳴き声、そしてケイトの人間離れした甲高い声、一気にケイトワールドに突入する。 あの頃、全身で浸って聴いていたわ。

 

一番好きだったのは「L'amour looks something like you」

なんか先月この曲について私書いてたな…↓

sycob.hatenablog.com

 

それから「the Man with the child in his eyes」」(少年の瞳を持ったあなた)も大好きだったなぁ...。

今日一日のことを考えながら
眠りに着く前に、あの人の声が聞こえる
灯りを消して横たわると
あの人がここにいるのに気づく

誰も私のあの人のことを知らない
水平線の彼方に消えたと信じてる
そして突然
知らなかったあの人の声を聞いている自分がいる

海の話を聞かせて
あなたの愛の全てを、永遠に
あぁ、また彼が来る
少年の瞳を持ったあなた
あぁ、また彼が来る
少年の瞳を持ったあなた

あの人はとてもやさしくて
私の置かれた状況を解ってくれる
そして私が遅くまで起きていると
いつも待ってくれるけれど、
あの人の躊躇いを感じてしまう。

あぁ、私は愛にとても不安を感じる
いつまでも続かない、と人は言う
そして私はまた思う
いったいここで自分は何をしているのだろうと。
たぶん彼は私を愛してないのかも
私はただ愛という旅をしてただけなのかも

あぁ、また彼が来る
少年の瞳を持ったあなた
あぁ、また彼が来る
少年の瞳を持ったあなた

(Syco 訳)

彼の私の置かれた状況を知っているって、どんな状況よ~? きっと彼女は貴族の令嬢で、男は使用人なのかもしれない…、私の妄想は膨らんだわ~。 

 

このアルバムのタイトル名の曲 the Kick Insideは胎児が子宮を内側から蹴るという意味。 実はこの曲、兄の子供を妊娠してしまった妹が兄に殺されるという、イギリスの19世紀のバラードもとになっているらしい。  デビューシングル「嵐が丘」はもちろんエミリー・ブロンテの小説からだし、文学少女ケイトは古典文学を読んで妄想を膨らましていたのね。 

これらの曲は彼女が13歳ぐらいから書いてたものだという。 彼女はけっこう良いところのお嬢様で、田園地方のお屋敷に住んでいたらしいし、実体験をもとにしているとは思えない。 つまり思春期の妄想が生み出したアルバムなんだ。 だから、中学生の私にも響いたのね。 

今聴いても、ノスタルジックにひたれる。 あのころ妄想していたイギリスに住む自分、アーサーラッカムの描くようなケンジントン公園を散歩して、ブライアン・フロイドの妖精が住む森をさまよったり、…そう、中二病真っ只中でこのアルバムを聴いていたんだな、私。 妄想においては、もしかして私のほうがケイトよりも上かも。 でもその妄想は何も生み出さなかったけど。 そこが凡才と天才ケイトとの違いね。 

思わず騙されるところだった、こわーいフィッシング詐欺

先週のことになっちゃったけど、私のところにこんなメールが来た。

f:id:sycoB:20181118002858p:plainアップルからのメールで、音楽の配信サービスのプランの自動更新のお知らせだ。  解約するなら、48時間以内に手続きをしろ、解約はこのリンクからどうぞ、という内容。

私はアップルの音楽配信サービスなど使ったこともない。 どうやら私はアイフォン6でそれを利用しているらしいが、私はアイフォンどころか、スマホさえ持っていないんだよ。 

何かの間違いに決まっているけど、10ドル請求されているんだからとりあえず解約するリンクをクリックした。 すると、

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こういうアップルのサイトが現れた。 私はもう長いことアップルからダウンロードをしてないので、IDとパスワードなんて覚えていない。  そこで自分のいろんなIDとパスワードを書き溜めている秘密の手帳を調べて、ログインしたら、次に現れたページは、名前、住所、電話番号、クレジットカード番号、そして極めつけはソーシャル・セキュリティー・ナンバー(社会保障番号)の入力まで問われてるではないの! ソーシャル・セキュリティー・ナンバーはアメリカの国民総背番号(永住者も含む)で、私が私であることを証明をする最強の番号。 オンラインでの確認は10桁のうち最後の4桁を入力するのが普通で、10桁聞かれることはない。私BBAだけど、サクサクと自分の個人情報を入力するほど、ボケてないわっ。 

これは電話で問い合わせるしかない。 ページの下にあった1-800-myappleのに電話をした。 応答は音声ガイダンスだったけど、「注文について」を選択、「注文していないのに注文している」を選択、「注文番号」を入力、すると録音の音声で「それは詐欺ですので、メールのリンクなどは決してクリックしないでください」と言われた。、 えー、もうクリックしちゃったし、アップルIDとパスワードも入れちゃったよ~。 

「えーぃ、人を出せ、人と話させろ、」と音声ガイダンスに叫んだら、人が出てきました。 この電話番号も偽サイトに載ってたから、まず、私は本物のアップルの人と話しているのか?と聞いた。 

でも考えてみれば、これも馬鹿な質問だ。 嘘つきに、お前は正直者か?と聞いているようなものだ。 もちろん、そうですって答えた。 そして私がIDとパスワードを入力してしまったって言ったら、それは大変です、すぐにパスワードを変更しましょう、と言って、私を本物のアップルのサイトに導いてくれた。 公式サイトはapple.com/で始まるからこれは本物だ。 偽サイトはapple-purchase.com/で始まっている。 ドメイン名が違うじゃん。 パスワードを変更して、フィッシングの詐欺をアップルにリポートして、嘘メールもアップルに転送して、一件落着。

アハハ、偽アップルサイトに本物のアップルの問い合わせ電話番号を載せるとは馬鹿な奴だ。  それに、サービスをキャンセルするだけで、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーが必要なわけないだろ、このボケ。

と、一瞬慌ててたくせに、態度が大きくなる私。 

この先どんど惚けの道を下る一方だから、気を付けなくっちゃね。 

 

 

大人気のブロードウェイミュージカル、「ハミルトン」を観れたこと

歌と踊りは大好きだから、私はきっとブロードウェイミュージカルは好きなんだろうけど、あまり観たことがない。 何百ドルも払ってまで行こうとは思わない。  最低の席でも100ドル近くするし、前列なんて300ドルぐらいもする。 チケット高過ぎよ! いったい誰がチケットを買うの? こんぐらいお金を出しても行きたいというミュージカルマニアがそんなにたくさんいるとは思えないんだけど。

今回、友達が招待してくれたので、私も「ハミルトン」のノースキャロライナ公演を観ることができた。 そしてわかった。 会場を満員にする客の大半が、高齢できちっとした身なりのコンサバな白人の富裕層であることが。 彼らはこのミュージカルが観たくて観たくて堪んなかった、っていうんじゃない。 お金と暇があるし、多分シーズンチケットを買ってあるから観に行くのだ。

とは言え、噂に聞いた通り、ハミルトンはかなりリベラルで挑発的なミュージカルだった。 アメリカの独立戦争、建国という波乱のの時期をアメリカ合衆国の建国の父と言われる人たちのひとり、アレキサンダー・ハミルトンを中心に描いているんだけど、もちろん建国の父(the founding fathers)はすべて生粋の白人なはず。 でもそれを全く無視したキャスティングで、ハミルトンはラテン系、ワシントン大統領はアジア系、ジョン・アダムスもトーマス・ジェファーソンも黒人で、白人が演じたメインキャストはイギリスの国王ジョージ三世ぐらいでした。 

そして楽曲は半分以上がラップです。アレキサンダー・ハミルトンとトーマスジェファーソンがラップバトルをするのよ。  日本で言ったら、明治維新をミュージカルにして福沢諭吉や伊藤博文が憲法の法案を巡ってでラップバトルするって感じですか? 

私はめっちゃ面白かったけど、こんな過激な「ハミルトン」を観て、放送禁止用語F***も入ってましたし、アメリカ南部のコンサバ・ジジババ軍団はどう思われになったのでしょうか。 建国当時にイギリスから来た自分らの祖先だけをアメリカ人とみなし、それ以降にやってきたユダヤ系、中東系、アジア系、ラテン系をみんな移民とみなして差別する人たちも多い南部なのですよ。 その建国当時の白人のヒーローをみーんな非白人に変えられてしまった気分はどうなのか…。

そして、キャストのみなさんも、コンサバ・ジジババ軍3千人を前にして、思いっきり舞台を頑張れたのでしょうか…、などと思ってしまいました。 

考えてみれば、この招待券は、私の山の隠れ家を友達の息子さんにタダ同然で貸してあげたから、そのお礼にと、頂いたのである。 私としては、住み家を田舎の古くて小さいボロ屋に買い替えて、その残りを頭金にしてやっと手にした山のちっちゃなコテージだけど、他人から見れば別荘持って人に貸しているわけだから、私も十分に高齢のコンサバ軍団のひとりなのかも。 

 

ライブハウスに行って大好きなインディーバンドを観れば、若者に交じるアジアのおばちゃんであることを意識してしまうし、ブロードウェイ・ミュージカルを観に行けば、コンサバ白人富裕層の中で居心地の悪さを感じる。

私の居場所っていったいどこなのかしら...。

 

<おまけ写真> 近所の農家は馬飼ってます。 秋も深まり奇麗なのでパチリ。

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ラルンガルゴンパに行かなかったことをまだ後悔してる

2016年の夏に一人で中国の東チベット地区、ラルンガルゴンパに行こうと、一生懸命計画を立てていた。 ラルンガルゴンパに行った数多くのバックパッカー達の写真を観て、これを観なくては死ねないと思ったから。

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チベット僧の村で、この家々には全部、お坊さんが住んでいます!

 

夏に日本の新潟の実家に帰るから、新潟ー上海便で中国に渡り、そこから成都に行って、バスで8時間かけて東チベットの村、康定に行き、そこから更に8時間バスに乗って甘孜に行って、そこからタクシーで一時間ほどでラルンガルゴンパに行けるらしい。 ネットで調べれば調べるほど、ワクワクしてくる。 世界を回ったバックパッカーが選ぶ絶景No1に上がっている確率がめっちゃ多い。 人生変わったと言ってる人もいる。

私の予定は、成都から康定行のバスは朝の10時発で、前日の夜遅くに成都に着くので、朝何もわからない状態でバスチケットを購入するのはちょっと不安。 だから、日本にいる間に、現地の日本人ガイドのサービスをしている「東チベット旅行クラブ」というサイトでバスチケットの購入を頼んだ。 それが6月のことだ。 それが6月の末の出発直前に、「東チベット旅行クラブ」からメールが来て、「ラルンガルゴンパに外国人立ち入り禁止になりましたから行けませんよ。」と言うのだ。 

外国人は公安にどんどん捕まっているという話。 なんで私の出発直前に禁止されるわけ? ワーイ? チャイニーズピーポー? 

ショックは大きかったけど、仕方ない。航空券はもちろん、康定までバスチケットまで買ったので、ラルンガルゴンパは行けないけど、その周辺の東チベットの村を周って寺院とか見て歩こう、と新たなルートを計画した。

しかし...、私が東チベットを旅行した7月は、まだ外国人立ち入り禁止を始めたばかりで、そのことを知らないで普通に乗り合いタクシーやバスに中国人に紛れて乗って、ラルンガルゴンパに行けてしまった日本人がかなりいたのです。 

私は結局、東チベットの村、康定と丹巴に行って成都に戻ったんだけど、、成都の日本人宿っぽいホステルで、ラルンガルゴンパに行ってきたよ~、全然大丈夫だったぁ~、っていう日本人バックパッカーに3組も会いました。 彼らは、みんな禁止されてることを知らなかったみたいだ。

私も余計な情報を貰わなければ、知らぬが仏で、きっと行けてた。 でも、立ち入り禁止令がでて、公安に捕まると聞けばさすがに諦めるよ。 この年になって、公安ともめたり、監獄に入ったりしたくないもの。 外務省の海外安全ホームページと同様に、前知識は冒険を阻止するのよね。 一生に一度の人生変わるかもしれないチャンスを逃してしまった私、運が悪すぎる。

現在は完全に立ち入りはかなりヤバそうだ。 しかし密入に成功して、それをブログにあげている人もいる。 でも私は確信犯にはなりたくない。

私が東チベットを回った2016年の7月は(禁止を知らないで)日本人がラルンガルゴンパに入れる最後の月だったのかもしれない。

 

予定を変えて入った東チベットの村、丹巴(ダンバ)です。丘の上のチベット仏教の碑の周りをまわる、チベタンのおばちゃん達。

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