年間ベストアルバム 2004年 "Soviet Kitsch"  流れ流れて

Classic Review: Soviet Kitsch by Regina Spektor - WKNC 88.1 FM

2004年は私がデトロイトからノースキャロライナに引っ越した年だ。 いろいろあったな。 ま、それは置いといて、と。

デトロイトにいたころは普通にFMラジオでもインディチャートが聴けたけど、ノースキャロライナに来てからは、私のBGMはネットラジオに変わった。 主にBBC6だ。 レジーナ・スペクターの「Us」という曲がトム・ロビンソン(TRB、懐かしいね)がDJしてたBBC6の番組でヘビロテされていた。 変った歌詞と良いメロディ、パンクな姿勢とユーモア、即アルバムを購入した。

レジーナ・スペクターを語るとき、みんな彼女が9歳の時に旧ソビエト連邦から家族と一緒にアメリカに移民してきたこと持ち出す。 ソビエトでがっつりクラッシックピアノの教育を受けたらしい。 確かにピアノは上手だ。 でもピアノの弾き語りというよりも、自由に歌うレジーナの声にピアノが追いかける感じ。

彼女のインタビューで「移民するのって、大人にはトラウマかもしれないけど、子供にとってはワクワクする体験なのよ。」と答えていた。 子供のころ大人は何かにつけてホロコーストやスターリンのことを話してたけど、それはどこか遥か遠くのどこかのことで、レジーナはミッキーマウスとコカ・コーラのアメリカに生きていたと話していた。 そんなユダヤ系ロシア人の暗い歴史と、アメリカに来た移民が感じるオプティミズムが融合した感じのとってもユニークなアルバムだった。 

以前のエントリーで「Us」を紹介してます↓↓

sycob.hatenablog.com

 

このアルバムの「一酸化炭素中毒」という曲が大好きで、これを運転しながらよく歌っていんだけど、当時8歳だった娘はこの曲が嫌いだった。 今考えてみると、歌詞がヤバかったんだろうなーと思う。 

私は歌詞はアバウトで適当に歌っていることが多い。 この歌の歌詞でレジーナは「セックスクレイズ、セックスクレイズ」(セックス中毒)とうたっているのに、私は「シックスグレイズ、シックスグレイズ」(小学六年生)って大声でうたっていた。 小学生の子どもが一家心中させられる歌だと思ってた。 だとしても子どもに聞かせる歌詞じゃないよね、ごめんよ。 でもメロディがキャッチーでついつい歌っちゃうんだよ、声もかわいいしさ。

 

youtu.be

 

Carbon Monoxide 

一酸化炭素中毒
もうすぐ私は眠りに落ちる
靴下をちゃんと履いておかないと
足からすっぽり脱げ落ちてしまう
てくてくてくてく 歩く途中で

てくてくてくてく


一酸化炭素中毒
あなたを家に連れて帰るとき
初めて靴下をちゃんと履いた
でもガスマスクはつけていない
てくてくてくてく
あなたを家に送る
Yeahイエーィ

私は大丈夫
私は大丈夫
私は大丈夫

てくてくてくてく
歩いて家に送る

私は大丈夫
私は大丈夫
私は大丈夫

父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて

一酸化炭素中毒
すぐに私たちは眠りに落ちる

私たちが逝っても誰も気づきはしない
だって仕事もないのだから
ただ怠け者と言われるだけ
性欲だけ旺盛で、霞に包まれて
生涯布団の中で過ごしたといわれるだけ
私たちは布団に入るけど、あぁ、でも完全に

死んでしまう 死んでしまう 死んでしまう
死んでしまう 死んでしまう 死んでしまう
死んでしまう イエーィ
でも私たちはこれでいいの これでいいの これでいいの

父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
父さん 起きて
お願い、お願い お願い お願い

一酸化炭素中毒 一酸化炭素中毒

<syco訳>

 

レジーナ・スペクターはこのデビューアルバム以降はソビエトでもキッチュでもなくなって、ソフトで聞きやすいポップスになっちゃった。 私が詰まらないと感じると、世の中はその逆を行く。 次のアルバムは売れて、彼女はテレビや映画の主題歌を歌ったりしてアメリカで有名になった。 芸術的にレベルが高いアーチストだから、もちろん売れるに値するのだけれど、インディおばちゃんの私はちょっと寂しいね。

 

おまけマンガ この度は長編8コマです。